飛行機を見上げたとき、誰もが一度はこう思います。 「どうしてあんなに重い鉄の塊が空を飛んでるの!?」
今回は、元ブルーインパルス6番機パイロットとして戦闘機からビジネスジェットまで操縦してきた私が、 「飛行機が空を飛ぶ理由」をわかりやすく、そして実際のブルーインパルス飛行のエピソードと結びつけながらじっくりと解説します。空を舞う美しさの裏には、必ず科学と理論が隠れているのです。
翼は「風をつかむ魔法の手」
飛行機の翼は、上側がふくらんでいて下側が平らな形をしています。この形によって、上を通る空気は速く流れ、圧力が下がります。すると下から押し上げる力=「揚力(ようりょく)」が発生するのです。
たとえるなら「走ると空に浮かぶ凧(たこ)」です。
風を受けて持ち上がる凧と同じで、飛行機も空気の流れで浮かびます。ただし凧は人が走らないと落ちてしまいますが、飛行機はエンジンの力でずっと前へ進み続けるので、揚力を途切れず生み出せます。
つまり、揚力という見えない力が重たい機体を持ち上げてくれているのです。
ただし、パイロットは「今、揚力を感じるな〜」と思うことはありません。大事なのは「空気を読む感覚」です。自分自身と機体が一心同体になり、操縦桿に伝わる重さや感覚の違いを習得していくことが求められます。
エンジンが生み出す「推進力」
鳥は羽ばたいて飛びますが、飛行機は羽ばたきません。代わりにエンジンが空気を後ろへ押し出し、その反動で前へ進みます。これが「推進力」です。飛行機は常に前へ進む力を得ることで、翼に空気を当て続け、揚力を生み出し続けるのです。
戦闘機で離陸する時、アフターバーナーを使用することがよくあります。背中が「ドン」とシートに押し付けられる勢いがあり、体全体が強く押し付けられるような感覚になります。ジェット噴流の轟音と振動が体に響き渡り、緊張で集中していた心は一気に瞳孔が開くような感覚となり、完全に真剣モードへと切り替わります。
ブルーインパルスの展示飛行でも、低空から一気に加速して上昇するシーンがあります。その瞬間、観客の心は空へ引き込まれ、歓声が湧き起こります。
推進力はただ機体を動かすだけでなく、「感動を届けるエネルギー」に変わるのです。
重力との綱引き
飛行機を下に引っ張るのは「重力」、上に持ち上げるのは「揚力」。この2つが釣り合ったとき、飛行機は水平にスーッと飛び続けます。もし重力が勝てば降下し、揚力が勝てば上昇します。飛行は常に「綱引き」のような状態なのです。
ブルーインパルスの課目「デルタループ」では、まさにこの綱引きがダイナミックに現れます。機体が上昇するときは揚力が勝り、パイロットは強いGに耐えます。頭の中に血が下がり、視界が暗くなるような状態です(デルタループではそこまで極端にはなりません)。
逆に降下するときにはGはほとんどかからず、位置エネルギーが速度エネルギーに変化していくため、パワーを足したままだと、どんどん加速していきます。上昇中とはまったく違う操作が必要になります。
この上下の揺さぶりこそが空を飛ぶ醍醐味であり、観客に驚きと感動を届ける要素の一つなのです。
重力と揚力のせめぎ合いを実際に体で感じ取ると、飛行は単なる移動ではなく「自然と対話している時間」となります。空は人間の力を試す場所であり、同時に人を優しく包み込む大きな舞台でもあるのです。

操縦桿一本で「空を描く」
飛行機には舵がついていて、3つの動きをコントロールします。
- ピッチ:上昇・下降
- ロール:左右の傾き
- ヨー:方向転換
この3つを組み合わせると、まるで「空に絵を描く」ように飛べます。
ブルーインパルスの飛行は、ほんの数ミリの操縦桿の動きで成り立っています。観客からは華やかなアクロバットに見えても、実際には数学的な精密さと緻密な技術が支えています。
たとえば「コークスクリュー(背面飛行する5番機の周りを、6番機がグルグル回る課目)」は、操縦桿のわずかな入力と舵の連携で機体を回転させ続ける技です。パイロットは体にかかるGと空気の抵抗を感じながら、仲間の位置と呼吸を合わせ、まるで空に巨大な螺旋を描いていきます。
科学と技術が極限まで磨かれると、それは芸術となり、人々の心を動かす「空のアート」へと昇華するのです。(私には難しく、とても苦労しました…)
まとめ:飛行機は魔法ではなく物理で飛ぶ
飛行機が飛ぶ理由はシンプルです。
- 翼が揚力を生む
- エンジンが推進力を出す
- 重力と揚力が釣り合う
- 操縦で姿勢をコントロールできる
ブルーインパルスの飛行展示も、このシンプルな原理の上に成り立っています。
物理を極め、仲間と心を合わせ、観客の前で一つの形を作り上げる。その瞬間に「空の芸術」が生まれるのです。
おわりに
次に空を見上げたとき、「あれは揚力と推進力と、パイロットの操作が作り出す奇跡のバランスなんだ」と想像してみてください。
知れば知るほど、航空ショーはさらに奥行きを増し、ただのパフォーマンスではなく「自然と人間が共演する舞台」だと感じられるはずです。
今年の航空祭もまだまだ各地で開催されますので、みなさん精一杯楽しみましょう!